「ミシュランガイド東京」において10年連続3つ星の評価を得ている「日本料理 龍吟」。素材に魂を宿らせ日本料理と文化を共存させ続けている龍吟の料理はたたずまいの美しさで世界中のファンの舌を唸らせています。フランス発のレストランガイド「La Liste 2020」において世界一位に輝いた龍吟の山本征治さんにお話を伺いました。
母「美味しい」が料理人の道を決めた
調理実習で作った料理を再現し、それを食べた母親の「美味しい」。この一言こそが、料理人を目指したきっかけです。自分が一から作り上げた料理を「美味しい」と褒められることがこんなにも嬉しいことなのか、と実感したのです。その時の感情は今までに感じたことのない気持ちでした。
16歳からは料理一筋です。自分よりも料理が好きだという人はきっといないと自負しています。もっと料理の腕を磨きたくて寝る時間も惜しんで、仕事の後も修業を続けていました。修業を重ねる中で、小さな幸せや美味しさ、発見が積み重なって大きなものへ変化していくことに気が付いたのです。これらは森羅万象に通じるものがあると思っています。
僕の座右の銘は「料理とは料を理ること」。「料を理る」はそれまでのプロセスが同じであってもその行動に精神が宿っているかが、料理であるか否かを判断すると思っています。日本料理は特にそのような部分を重んじているものだと。作業やプロセス、レシピだけではなく、料理に魂が宿っているかに重きを置くことを忘れてはいけません。お客様になぜそうしたのか、理由を説明できなくてはいけません。ただ習ったことを準えただけでは、自分の料理に成っていないということです。日本料理こそ、全てのプロセスに理(ことわり)があると思っています。
例えば鱧切ですが、小骨を切る技術は日本料理に以前から存在しています。でも僕はお客様になぜ鱧の小骨を切るのか理由を自分の言葉で説明したいと思いました。どう切れば短くなって、さらに良い食感や美味しさが増すのか。科学的根拠を突き詰めるために25歳の時に、医師に協力を得て、学会で発表したこともあります。
料理は料理人がどれだけ苦心して作り上げたものでも、食べた瞬間に決着が着く刹那的な側面があります。食べて不味ければ意味がない。ジャッチにプロセスは関係ないのです。
教科書通りに作らないほうが良いこともあります。常に全ての事に「何故」と問いかけながら作ることが人の心を掴むことができると考えています。
料理は作る人の数だけ存在します。料理人にとっての幸せはお客さんが食べた瞬間にしか訪れないことを忘れてはいけないと思います。日本料理の調理器具をうまく使えるようになったり技術が磨かれたりしても、結果がついてこないとプロフェッショナルとは言えません。料理の駆け引きがわかって、潔さがご馳走であることもわかるまで、料理をし続けなくてはならないと思っています。
日本料理で日本の自然文化と和の精神を表現したい
僕は日本料理を「日本の自然環境の豊かさを、料理を以て表現したもの」と解釈しています。僕らは料理を作ることは出来ても素材そのものを創り出すことは出来ません。人間が作れない物こそが素晴らしいのです。日本の「いただきます」という言葉は「命を頂く」という事。僕は「素材はこんなにも素晴らしいもの」ということを自分の料理で表現しています。日本で日本料理を生業にする以上、日本の自然環境を訴えかけられなければ、日本料理とは言えないと思うのです。
「神様や自然の恵みが最も尊い」それを自分の料理で、さらに春夏秋冬の季節を料理で表現することは我々に日本人の和の精神に通じるものだと思っています。
僕は料理長でありながら龍吟の経営者でもあります。料理ならいくらでもアドバイス出来ますが、スタッフの精神状態までベストの状態に導くのは本当に難しい。この会社で起こる全ての事は僕に責任があります。
料理は健全でなくてはなりません。そのためにはまず料理人の精神状態が健全である必要があります。健全でなければ良い料理は作れないと思っています。人間力と精神力が大事だと思っています。採用するときも80項目のルールに同意してもらっています。本来なら言いたくないことも経営者として伝えなくてはならないこともあります。開業してから今日に至るまでその難しさを痛感しています。
料理は縁を紡ぐもの
以前は接客に集中することに重きを置いていた時期もありました。とある土曜日の夜、お客様に「良い週末をお過ごしください」と伝えたら、「たった今良い週末を過ごさせてもらったよ」という言葉を頂いた事は今でも忘れられません。最も印象深いお客様で本当に嬉しかったです。それは“自分の売りは料理であって、自分の個性を売っているわけではないこと”に気が付かされた出来事でした。
店舗の移転や改装の時にも、いろいろな方が料理しかできない僕を助けてくださいました。料理を通じて業界以外の人との縁が広がり深まる、そんな経験をしています。また平成15年12月23日、当時の天皇誕生日に六本木の店舗をオープンし、その15年後に皇居横に移転できたことも、まるでお膝元に呼んでいただいたような不思議な縁を感じています。
日本文化を、日本料理を通して海外の方に伝えていくのも自分の使命だと思っています。コロナ禍以前は、世界中からお客さんが足を運んでくださいました。日本料理を海外の方が召し上がる際には、異文化の壁が付き纏うものです。お椀から暖かい汁物を直接頂くことや、漆器にナイフやフォークを使わないことなど、など初めて日本料理を召し上がる人にとっては難しいことかもしれません。店舗にお越しいただいたお客様には、しつらえの美や日本の伝統工芸も料理とともに楽しんで頂く時間にしたいと思っています。
そのため日本料理が本物であり続けるために、国内で本物と認められている器に盛り付けています。作家さんのパワーと作品そのものの輝きを共存させ、我々も嘘をつかない料理を評価して頂きたいという想いで仕事をしています。
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