伝統を守るということは、単に同じ味を守り続けることではなく、
毎年、前の年より、よい味を目指して進化し続けること。
そして単に酔うための酒ではなく、食事とのマリアージュや、
飲む時間の演出を文化として確立させる……。
黒龍酒造の水野直人社長に、
これからの日本酒に対する思いや取り組みについて聞いた。
水野 直人
1964年、福井県出身。東京農業大学醸造学科卒。大学卒業後、協和発酵(当時)での勤務を経て1990年に黒龍酒造入社。2005年代表取締役就任。日本酒の伝統文化としての地位向上や海外への普及活動に取り組む。
酒造りの工程は、全ての段階が重要
日本酒は基本的に水と米が主原料です。まず米を洗う、米を蒸す、という原料処理が製造工程のスタートで、ここがしっかり出来ていないと全てが台無しになってしまいます。その後の麹造りから搾りまで、各工程の作業を丁寧に完璧にこなしていくことが重要です。
高品質を守るために長年こだわっていること
弊社では日本酒は毎年同じものを造れないということを前提に、「昨年よりももっと美味しい日本酒を造れないか」という考えで取り組んでいます。
収穫するお米も毎年違いますし、発酵時の気温も異なります。また、お客様の味覚も年々変化していますので、毎年、より良い酒を追求していかないとお客様に満足していただけないと思っています。
伝統を守りながら進化を続けるために
伝統を守るということは、進化を続けることだと思います。江戸時代(文化元年)から酒造りを行ってきましたが、私の父は、燗酒が主流であった昭和40年代に冷酒で楽しむ吟醸酒を作り始めました。昭和50年には、全国に先駆けて「黒龍 大吟醸 龍」を発売し、大吟醸酒の市販化に成功しました。味の追求と革新を繰り返していかなければ顧客の期待には応えられない。弊社には創業当時から「よい酒を造れ」という一貫した理念が受け継がれています。よい酒というのは個人によって違うと思いますが、黒龍らしい高品質な日本酒を追求していくことだと思っています。
元々、神様と人とを繋いできた日本酒は、時代を追うごとに日常で楽しまれる飲み物へと変化し、最近では、料理と合わせて楽しむスタイルが定着してきました。弊社の目指すお酒も、料理を引き立てる食中酒。地元福井の食材に寄り添う上品な味わいに仕上げています。
また、日本酒を通して日本酒のある時間を楽しむことが大切な時代になっていると思います。料理とのマリアージュや、日本の四季(春夏秋冬)を楽しむ…。加えてワインのようなヴィンテージ。時を刻んだヴィンテージは美味しいだけでなく、人生の軌跡や記念日を振り返ることができる存在になるものです。そのため、弊社では「無二」をはじめ、ヴィンテージが入った商品ラインナップを充実させました。
日本酒造りを通して学んだこと
学生時代は発酵学を学べる東京農業大学醸造学科に進学しました。そして卒業後は協和発酵に入社し、日本酒造りの基礎を学びました。ここでは機械化が主流になっていた日本酒業界の中で、年代の異なる多様な職人による手作業の日本酒造りを学ぶことができました。多様な人間が集まることで完成するものが日本酒、それがここでの学びでした。
現在、弊社に入社してくる社員は、日本の伝統技術に興味がある人、杜氏になりたいという人と様々です。我々は永平寺のお膝元で酒造りをしていますが、酒造りも修行のようなもの。この道何十年の弊社の杜氏でさえ、「日本酒造りは難しいですね」と言っています。
そして、仕事では大変なこともありますが、楽しみを見つけることも大事。必ず何かしらの楽しみがあると思うので、若い社員には楽しみを見つけながら経験を積んでほしい。自分たちが日本の伝統文化を担っているという、誇りを持ってもらいたいですね。
日本の伝統と文化を発信していくには
私は日本酒造りそのものが日本の伝統文化の一つだと思っています。日本酒の歴史を振り返ってみると、古代から日本酒そのものを飲むだけでなく、日本酒を取り巻く様々な文化や慣わしが形成されています。例えばお殿様がお酒を楽しむための道具や、お酒を飲むための酒器が時代ごとに残っている。
日本酒を知るということは、日本の歴史を知るということでもあります。外国の方々にも魅力を感じていただけるよう、日本酒を取り巻く周辺の事を総合的に発信していくことが大事だと思っています。
福井の地元でしか飲めないお酒を造りたい
現在、弊社はアメリカ、イギリス、中国、韓国、香港、台湾、シンガポール、カナダ、オーストラリアなどに日本酒を輸出していますが、まだ量は多くありません。単に輸出するだけでなく、ワインのソムリエのように、日本酒の知識を持ってお客様にサービスできる人材が必要だと考えています。
料理やサービスなどの提供がしっかりしているお店が海外でも増えれば、弊社の輸出もそういう場所へ増やしていきたいです。黒龍を知ってもらうために、どんどん情報を海外へ発信していきたいですね。
一方でやはり私は世界中の人々に福井へ来ていただいて、当社の日本酒を味わっていただきたいです。私はワインが好きでフランスやナパバレーなどへも行ったりします。ブルゴーニュなどは、本当に葡萄畑以外に何もない田舎なのですが、世界中から人が訪れています。ブルゴーニュの風土と食べ物とワインに魅力を感じて、それらを楽しみにやってくる。そして私は日本の蔵元にも、そういう状況を実現できる潜在能力があると考えています。これからは世界中から訪れてくれる人々のために、地元福井でしか飲めないお酒を造りたいと考えています。
近年、外国人観光客の方々が徐々にお寿司と一緒に日本酒を飲んでくださっています。日本へ行ったら日本酒を飲みたいという外国人の方々が地方の酒蔵を訪れ、その地方独自の風土を楽しみながら日本酒を味わう基盤を作るのが、これからの私の目標です。
日本酒の飲み方、食事との合わせ方を発信
日本酒に関する知識は、ネットの普及により情報が得やすくなっています。また、ウェブ講座や日本酒の文化や知識を学べる学校もできてきていますね。弊社でも、日本の文化や、日本酒の飲み方、料理との相性など、公式サイトやSNSなどで情報発信を積極的に行っていきたいと思います。
後進にバトンタッチするには
私は蔵元の8代目なので、この長い歴史ある蔵元を誰かに引き継がなくてはなりません。私には3人の娘がいますので、誰かに引き継いでもらいたいと考えていますが、そのためには本人たちがやりたいと思う、さらに魅力ある会社にしていかなければいけませんね。そしてこれは私の夢ですが、世界中の人々が福井に遊びにきてくれて、その人たちとの交流を楽しめる空間や世界観を構築したいです。それが少しでも実現できたら、後進にバトンタッチできると思います。
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