古く美しいものを現代へ
日本画の古くからある表情を現代に美しく存在させる注目の日本画家・喜多祥泰さん。1978年に徳島県に生まれ、東京藝術大学大学院にて日本画の博士号を取得。その博士論文「森 影響し合い、反響し合い、取り込み合う存在」 は大きな注目を集めました。
日本全国で百貨店を中心に展覧会を開催し、多くの作品が全国の美術愛好家に届けられています。日本画の”質感”を通じて、見る人に感動を伝える喜多さんに、日本画への想いや世界観について話を聞きました。
実家の和菓子職人の眼差しに導かれ日本画の道へ
喜多さんが画家になるきっかけを与えてくれたのは、徳島にある実家の和菓子屋で働いていた職人たち。彼らの眼差しの奥底にある閃きが、日本画の道へと導いてくれたと言います。
「日本画を始めたのは和菓子屋というモノづくりの環境や文化で育ったからだと思っていたのですが、最近思い出したのは「職人さんって怖かったな」と感じていたことです。職人の厳しさやその眼差しが忘れられないんですよね。」
小さい頃、家にあった梱包材でアニメのヒーローを作って遊んでいたという喜多さん。大学院進学後、博士号取得までの5年間は、ほとんど日本画は描かず、彫刻や立体の作品を作ることが多かったそうです。最も好きな美術作品である法隆寺の回廊について、こう話します。「子供の頃の遊びや、職人に囲まれた生活の中で自分が感じたものと繋がっているんだと思います。古い法隆寺の回廊には、経年変化によるとても美しい質感があるんですよね。そういった、古く美しいものを自分でも作っていきたいという想いがあります。」
日本画の世界観と自身の自然観のめぐり逢い
東京藝術大学の博士号を卒業された喜多さんですが、自身のアートの土台の部分として”自然の美しいもの”を追求しているそう。例えば、森が好きだったり、大学時代に日本画を学びながら「まだまだこんなものではないはずだ」という気持ちが強かったと言います。「生活の中で目に見えるものはたくさんあるけれど、その他にも見えないものもあるんじゃないかと思うんです。芸術家というのは目に見えるものを作る存在です。でも、時間や記憶といった美しく儚いものを自分の中で一貫して追求していくなかで、陰と陽や、目に見えるものと見えないものなど、対をなして表現する日本画の世界観が、私の自然観とぴったり合ったんだと思います。」と語ってくれました。
出身は徳島県の喜多さんは、地元について、外に向かって進んでいきたい気持ちがある人が多いと感じています。その考え方は、地域に対してのみならず、自分のいる環境に対しても感じることなのだそうです。
「徳島はとても良いところですが、田舎で閉鎖的でもあるので、特に若い人は海の向こうへ行きたいのではないかと思います。東京藝大でも、日本画は伝統的な分野で昔は師弟関係で成り立っていたので、構造的には型があるんです。若い頃の私はそれを窮屈に感じることもあり、表現としても”もっと出来ることがあるのではないか…!”と感じていました。」
日本画の”質感”を通して感動を伝えたい
幼少期に多くのことに夢中になった影響で、若い時は閃きがあるとなんとか掴んで作品にしようと思っていたそう。ですが現在の喜多さんは、インスピレーションを受けたときに俯瞰して、何故その存在を良いと思ったかを考えます。
「作品を情報化してしまわないほうが面白いものができる」と考え、写真やスケッチもあまりしないそう。どこがすごいと思ったのか、どうしてこんなに面白いのかを感覚で受け取ろうとします。
日本画は手で触れて感じるように鑑賞できる、五感でいうと触覚のようなもので、肌感覚が大事だと言います。一方、視覚の場合「作品の中に何を見るかが面白い」と話す喜多さんは、目に見えるものの中に、目に見えないものが含まれる、という質感を感じています。「例えば古くなっている壁からは、時間の経過が感じられますよね。それが私が伝えたい”質感”なんです。これからの時代、情報化が進み変わっていく価値観のなかで、作品を見て楽しむことを通して“私たちは生まれて死んでいく”という不変の時間の流れがあり、それを共有している。そこに結びつくような”質感”を通して、感動を伝えたいと思っています。」
美術の女神様が笑いかける芸術家
作品を制作するときに抱く感情について、喜多さんはこう話します。「人には見せられませんが、上手く行っているときは思わず“いや〜天才だな〜!”って言っちゃいますし、舌も出ちゃいますね。」1〜2か月かかるはずのものが、なぜだか一晩で終わってしまうこともあるそうで、そんな時のことを「美術の女神様が笑ってくださる瞬間」と表現しています。「自分のおかげではないので、本当に感謝ですね。」神が宿っているかのような美しさを感じられる、誰も見たことがないものを作ることを目指している喜多さんだからこそ、女神様が微笑みかけてくれるのかもしれません。
そんな喜多さんが作品に込めるメッセージは「芸術を通じて、時間や人生を豊かにする」ということ。どの作品にも共通するこのメッセージを通じて、美しく存在するものを生み出していきたいと思っているのです。
美しく存在するものを、その質感を通して日本だけでなく世界へ伝えていきたいと語る喜多祥泰さん。今後も目が離せない注目の日本画家として、世界での活躍が期待されます。
日本画について
日本画は、天然の岩絵の具や、和紙、動物の毛を使った筆など、高価で手間のかかる道具や材料が多いアート。 天然顔料や、鉛が入っている人工の絵の具もあり、これらは外国へ持って行くことが出来ないため、海外に広めるのが難しい点でもあります。私は日本画特有の画材や文化を残していくためにも、日本画を外国にも伝えていきたいと考えています。
日本画は東洋画の中でも特にユニークです。画家の技法や経験則にばかり注目が集まりがちですが、実は、その発色原理を支える和紙や絵絹、筆などの画材は、千年以上も前から受け継がれ、伝統的日本画の彩色技法や表現の確立と深く関わってきました。これらは作家にとっては資源そのもので、古株ほど活躍します。現代的な道具も併用し、長く使用できるよう気を付けています。天然岩絵具の原石はまさに稀少鉱物で、幻想的な宇宙のような美しさを秘めています。人の眼の可視域以外のエネルギーである、紫外や赤外なども生じる岩絵具は、音楽でいうとオーケストラの波動のような心地よさをもたらす、目には映らない『色質』を含む無二の存在です。
Pictures/ Yoshihiro Kita 喜多祥泰
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