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伝統と革新で一流ブランドに復興。新政酒造・佐藤祐輔さんの日本酒造りの根っこはアートの感性にあった


佐藤 祐輔 Photo/ Shingo Aiba

1974年生まれ。1852年創業の秋田県老舗蔵元「新政酒造」の8代目・佐藤祐輔さん。2007年に新政酒造に入社後、現在多くの日本酒メーカーが採用する効率重視の速醸製法から生酛造りへ切り替え、伝統的な製法に回帰。醸造用アルコールを添加する普通酒を撤廃して純米酒に特化する方針に転換し、本物の酒造りに立ち返ることで新政酒造を再興させました。


伝統製法と革新性をもって、

日本酒本来の価値を取り戻す

日本酒界のスティーブ・ジョブズ、革命児、ニューリーダー——さまざまな異名を持つ佐藤さんが日本酒に目覚めたのは31歳。東京大学文学部を卒業した後はジャーナリストとして活躍した異色の経歴の持ち主で、老舗蔵元に生まれながらも、それまでは一切家業を継ぐ気がなく、日本酒にはネガティブな印象さえ抱いていたといいます。


「ジャーナリスト時代に先輩に勧められて静岡の銘酒『磯自慢』を飲み、その美味しさに衝撃を受けました。また愛知の銘酒『醸し人九平次』を飲んだことで、日本酒には様々なタイプがあると知りました。それ以来、全国のうまいと言われる日本酒を片っ端から取り寄せて飲み比べました。」


この二つの日本酒から感銘を受けた佐藤さんは、モノづくりができる環境に魅力を感じて家業を継ぐために蔵へ戻りました。


「伝統的な家業は続けていく上で保守的な方針を取りがちですが、良いものを作る創作者の姿勢はアーティストと何ら変わりません。そもそも刺激的な銘柄を生み出し、日本酒の可能性を広げている酒蔵の思想の根幹にあるものは、アートを創造する感性に近い。蔵元がアーティストだとすれば、酒は表現の産物の一つです。」


アーティスティックな佐藤さんの取り組みは、蔵付き酵母「6号酵母」を用いる蔵の強みを生かした本物志向の製法と、モダンな発想を両立させた酒造りの実践へと繋がっていきます。


蔵元がアーティストなら、日本酒は表現の産物

No.6のボトル Photo/ Shingo Aiba

地域に根ざした、酒造りが地域復興に

地域性を重んじ原材料にこだわる酒蔵は、地域と密接な結び付きがあります。新政酒造は使用する酒米を秋田県産に限定し、圃場を保有しています。


「農薬や化学肥料を使わない米にこだわり酒造りをしようとすると、醸造前の農産物のあり方にもフォーカスします。農業に深く関わることで地域を活性化できると考えています。」

また新政酒造は、蔵に棲む乳酸菌や酵母が酒の個性を生み出す木桶仕込みを行います。戦後、木桶を使う酒造りは衰退し、唯一残る木桶製造会社も廃業に近づく今、木桶の文化を絶えさせないために木桶工房の建造にも着手しています。

蒸篭でお米を蒸しているところ Photo/ Shingo Aiba

「秋田杉は、高品質なのに木材として安く販売される傾向があります。酒の醸造に関わる素材として広めていけば価値が見直され、地元の産業の支援にもなるでしょう。」


さらに地域性を反映した酒造りへの追求は、地域の環境保全にも影響するといいます。

「伝統的な製法に目を向ければ自ずと蔵の中だけでなく、田や森にも関心が向き、関連性が高いことに気付きます。木桶を使った酒造りと林業をリンクさせることで秋田固有の産業を守り、森の整備にも貢献できると思っています。」


地域の産業や環境の力なくして、地域の個性を打ち出す日本酒造りは叶わない。「地方を背負わずして伝統や歴史を背負うことは難しい」と、強い信念をのぞかせました。


洗米の風景 Photo/ Shingo Aiba

日本酒業界全体が活性化するビジョンを描く

かねてから理想の酒造りを具現化するための人材育成に力を注いできた佐藤さん。「うちの社員はみんな個性的で能力が高い」と、従業員への信頼を口にしました。


「日本酒の伝統を守り、業界全体を見据えた会社の理念に共感して集まった彼らは、一切手を抜かない職人としての矜持を持ち、お互いにリスペクトし合って仕事に取り組んでくれています。」


一方で自分は経営者として会社の舵取りをしていく立場で、「自身の酒造りに共感してくれる社員がいてくれて初めて良い仕事ができる」と語りました。


地域に分布する日本酒の多様性が、衰退した日本酒業界を底上げしていくと確信する佐藤さんは、「ひとつの蔵だけが良い酒を造っても、長期的な視点で見れば経営面で問題が発生する可能性が高い。日本酒は伝統文化なので、業界自体を盛り上げて伸ばしていかなければ意味がない」と、業界全体を啓蒙する必要性も説きます。


「日本の発酵文化は素晴らしいものです。地方の町を歩いていてふと酒屋に入ると、その土地の良い酒が手に入ったことを思い出していただきたい。なぜ日本酒をハレの日に飲むのか。日本の文化が育んだ傑作であり、長い年月を通して受け継がれてきたものへのリスペクトがあるからです。」


「『生酛造り』という伝統製法は、世界の発酵技術中でも最高峰のもの。造り手は伝統産業のメーカーであることを忘れてはいけない」と話し、日本酒への尽きない情熱を見せた佐藤さん。近年、酒蔵の思想が反映された個性的な日本酒が増えた背景には、ブームを牽引する新政酒造の求心力と、アートの創造性を持った変革をもたらすニューリーダーによる取り組みが大きく関わっていました。


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