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京都𠮷兆 - 伝統と革新に取り組む 正統派日本料理の継承者

『𠮷兆』創業者の湯木貞一氏の孫として、貞一氏から日本料理の真髄を学ぶ。1995年より嵐山本店総料理長、2009年には株式会社京都𠮷兆代表取締役に就任。2008年には洞爺湖サミットにて晩餐会の料理を担当した。産業文化科学会名誉理事、東京農業大学客員教授も務める。海外でのイベントに積極的に参加したり、国内では地域活性化や第一産業の現場の課題解決に取り組む。12年連続ミシュランガイドの三つ星評価。日本を代表する料理人。

まずは徳岡さんが日本料理の料理人として﹑吉兆を継ごうと思われたきっかけを教えてください︒

 私の家は日本料理の料理屋で、親族も全員料理屋さんでした。私は高校生の時ロックミュージシャンになりたかったのですが、当然ながら両親に反対されました。お互い頑固なので譲らないものですから、私は親族全員が尊敬する老師に相談に行きました。するとしばらく寺にいるように言われて、19歳で雲水(修行僧)として寺に入ることになりました。しばらく修行しているうちに、ある時、自分が夢を追うことで周りの人々にマイナスの影響を与えていると感じました。次第にそれは何か違うな、自分も含めて自分の周りの全員が幸せになれるようなことをやりたいなと、考え始めたのです。


 そういう過程の中で、次第に祖父が創業した『𠮷兆』に就職しようと思うようになりました。料理人を目指すと決めた時に、自分は世界に通用する料理人になりたいと思い、それには創業者の湯木貞一のそばにいるのが世界レベルに近づく一番の方法だと考え、大阪の𠮷兆本店に入社することになりました。


ミュージシャン志望だったとは意外でした。『𠮷兆』の3代目として﹑伝統を守りながらも改革してきたということはありますか。

 初めの頃は湯木貞一と一緒にいる時間が長くあり、人々から好かれ、そして色々なものを他の人に与えられる彼のような人物になりたいと思いました。しかしある時、自分は湯木貞一のようにはなれないと気がついたのです。


 そしてだんだん社会の環境やお客様の嗜好、食材なども変化していくものだと考えるようになりました。実際にバブル時代には人々が海外旅行に出かけ、食文化も変化してきました。ワイン会などワインを中心に交流が活発化して、新しい文化が形成されました。80年代・90年代に日本の食文化に変化が起きましたが、私の料理もそういった社会や時代の変化に適応しようと常に努力して参りました。人は経験の範囲でしか創造もできないと考えているので、今でも様々な経験やインプットを積極的に行い、改善していきたいと思ってやっています。


守るべき伝統は守り﹑時代に合わせて変化させるべきところはしていくということですね。徳岡さんの創り出す料理は芸術品ですが﹑そのアイデアはどのように生まれるのでしょうか。

 美しさを創り出している根底にあるものは「お客様に喜んでいただきたい」という想いかもしれません。美味しさや喜びという感覚は、味を感じることだけではなく、お客様にかける一言や、サービス対応など味以外の要素が大きく作用します。調理場とサービス担当と、チーム全体で空間を作らないと感動というものは生まれないと思います。私は人が感動するということは、奇跡に近いことだと思っています。1995年ぐらいからスタッフと一緒に、お客様に最上級の感動をしていただくために、スタッフと一緒に一生懸命料理を作っていこうと考えるようになりました。


ただ美味しいだけでなく﹑お客様の感動を呼ぶ料理﹑ということですね。

 はい❝涙が出るほどの感動❞は、どのように生まれるのか、ということを真剣に考え始めたのです。


 現代の人々は目の前のことに意識を集中する忙しい日々を送っていますが、京都に来ると、そこから離れて自分の足で歩き出すようなゆったりとした余裕が生まれ、周りのことが見えるようになる。そして自分の過去や現在に想いを馳せる余裕ができ、未来のことも考えられるようになるのでしょう。そういったゆったりとした空間を演出することにも気を配っています。そのためスタッフには「庭掃除をきっちりやりましょう。お客様には笑顔でゆっくりと話すようにしましょう」といつも伝えています。


 人によって味覚は多少異なりますが❝美味しさ❞とは、それぞれの個人の身体が欲している栄養成分や量によっても変わります。


さらに食す人が育った環境、食べるシチュエーション、性別、年齢など様々な要素で変化していきますが、それらを把握した上でどのように美味しいものを作ろうかと考えることができる人が、真の料理人であるのだと思います。


京都ならではの雰囲気の中﹑感動を呼ぶ食事体験をしていただくためには﹑サービスも大切というお話が先ほどもありましたが﹑従業員の方の育成はどのようにされていますか。

 弊社では料理人からサービス担当まで、幹部社員にMBAの経営学の授業を受けてもらう、学びの環境を整えています。テストの結果は給料に反映するようにしたり、課題図書の感想をまとめて提出するよう課しています。料理自体が、❝まとめる❞という作業がとても重要ですので。感想文提出や新しい提案を出したら評価する制度を作っていて、現在では従業員の半数くらいが取り組んでいます。


従業員の方がMBA(経営学)の講座を受けているというのは驚きました。海外に向けてはどのような発信をされていますか。また最後に読者へのメッセージをお願いします。

 これまで世界各地の料理のシェフとの文化交流などでヨーロッパ、アメリカに招聘されて参加したり、そこでプレゼンテーションを行ったりしてきました。


 また、日本の大手食品メーカーとタイアップして、世界マーケットを視野に入れ、自然由来の物だけを使った商品を作るプロジェクトを進行中です。𠮷兆で積み重ねてきたノウハウで、高級料亭に来るお客様だけでなく、世の中の多くの人にも喜ばれる仕事をしていきたいです。コロナ禍で厳しい状況下が続きますが、1人でも多くの人が力を合わせて多様な価値観で協議を行い、新しい価値と文化を生み出せるようにみんなで取り組んでいきましょう。


 茶道のように500年以上続いているものがあるが﹑存在し続けているものすべてには理由があると語る徳岡さん。後進を指導する立場として﹑懐石料理という伝統文化の継承者として﹑一料理人にとどまらない社会への活動は﹑これからも続いていく。

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