1974年京都生まれ。「つる家」本店などでの日本料理の修行を経て、2004年、ロンドンの会席料理店「Umu(生)」の料理長に就任。2011年、星野リゾート「星のや京都」の総料理長に就任。翌年2012年に「星のや京都」がミシュラン一つ星を獲得。国内外でキャリアを積み、現在は京都「KITCHEN 16(キッチン イチロク)」のオーナシェフを務める久保田一郎さんの調理人としての軌跡を振り返り、日本料理の枠にとらわれない発想力と芸術的感性の原点を探ります。
久保田一郎の感性を育てた京都の伝統
京都・祇園にある割烹料理の名店「割烹 八寸」の2代目として生まれた、シェフの久保田一郎さん。料理人の父に陶芸家や漆器職人の知人が数多くいたことから、「料理に器は欠かせないもの」と、肌で感じたとか。
「父はよく『料理と器は一つの会話や』と、言っています。日本には四季があり、それは素材や調理法に深く関わっています。日本料理が豊かな素材を使い、四季という絵画を描くものであるとすれば器は額だと思います」
さらに、日本料理には盆景のように景色を生み出す芸術的側面があると言います。
「たとえば会席料理の八寸(24㎝)は、木盆の上にひとつの情景を描きます。季節によって変わる景色を通じて、素材の奥深さや日本料理の魅力を感じています」
一方で、伝統的な枠組みに縛られない一面も持つ久保田さん。日本料理以外の調理分野への好奇心は、幼少期に芽生えていたようです。
「広島の母方の祖父は食べることが大好きな人で、幼い頃、夏休みに広島へ行くとホテルのフランス料理店で食事をしました。それがとても楽しみでした」
喜びは憧れに変わり、「小学校低学年の頃には、コックの姿やきらびやかなシャンデリア、食器に惹かれていた」と言います。調理人の道へ歩もうと心に決めた久保田さんは、大学卒業後に日本料理の世界に飛び込みました。
洋画家・松井守男の助言で学んだ余白の重要性
実家「割烹 八寸」や大阪の「つる家」本店での修行を経て、2003年からフランス・コルシカ島の「HOTEL LA VILLA」でフランス料理を修行。このとき洋画家・松井守男さんのアトリエに通い、松井さんから今の芸術的観点の素地となる多くの助言を受けたと言います。
「アトリエに自分のデッサンを持っていったとき、『描きたいもの全てを描いてしまうと、絵がつまらなくなる』と指摘していただきました。受け取る側が想像する余白を残すことが大切だと学びました」
さらに松井さんは、久保田さんが最初の師である父親を乗り越えるキーマンでもありました。
「『お父さんのような日本料理を作らないといけない、という使命感に縛られているんじゃないか? 一郎は一郎の料理を作りなさい』、と。今の自分があるのは、松井さんの影響も大きいと思います」
芸術家の言葉は、調理人の道を開拓するための一歩を踏み出すきっかけとなりました。
Photos/ 星のや京都
素材と向き合い、生産者の意見に耳を傾ける
その後、ロンドンの会席料理店で総料理長を務めるなどして、国内外で華々しい活躍をした異才が今、手がけるのは意外にもテイクアウト専門のタイ料理店。妻の香織さんと二人三脚で、「KITCHEN 16(キッチン イチロク)」を営んでいます。
タイ料理であっても、日本料理の基本である素材の良さを引き出すアプローチは健在で、生産者を「参考書となる大切なパートナー」と表現します。
「自分の料理に素直に向き合うためにも、生産者の意見は素直に聞き、分析するようにしています」
タイカレーやカオマンガイを手がける同店の看板商品のひとつが、一風変わった白味噌プリン。ウイスキーと相性の良いデザートに仕上げているのだとか。
奈良県の八木酒造の「みりん」を使用した「カラメル」は、コクと風味があり、程よい苦みがプリン生地の甘味を引き立てます。深みのある旨味は、「麹」にあり、「ウイスキーやブランデー」との相性がとても際立ちます。ウイスキー+プリンの大人な新しい楽しみ方を世界に発信しています。
そんな久保田さんが好きなアーティストは、「パブロ・ルイス・ピカソ」です。
「以前は写実的な絵画が好みで、崩れたようなピカソの絵が理解できませんでした。ですが、8歳のピカソが卓越したデッサン力で描いたライオンの絵を見たときには感銘を受けました」
基礎があるから“崩す”ことができる。「僕がフレンチやイタリアンのきらびやかな世界を引用できるのは、日本料理の基礎があるからです」と、作家に敬意を払いつつ、自身のスタイルとの類似点を語りました。
日本料理の精神を重んじながら、素材にクリエイティブを込める久保田さん。飽くなき探究心は、新しい情景を生み出す可能性を無限に引き出していました。
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