デュジャックは、ブルゴーニュのドメーヌ(区画)の一つで、独特な上品さと香り高さが特徴のオーガニックワインの産地として有名です。このドメーヌは、1967年にジャック・セイスにより開拓されました。今と違って当時は、ワイナリーが手ごろな価格でした。彼は、モレ・サン・ドニにある4.5ヘクタールのドメーヌ「グレイレット」、そしてエシェゾー、ボンヌマレス、クロ・ド・ラ・ロッシュなどのブドウ園を購入し、生育環境に恵まれた大規模ドメーヌを確立することになりました。
家族経営
ドメーヌ・デュジャックは現在デュジャックの息子であるジェレミーとアレック、そしてデュジャックの妻によって経営されています。今回は、ファミリービジネス内でのデュジャックの役割について私たちに教えてくれました。ジェレミーは、この立派な遺産である家業を継ぐことになっていきます。
もともとワインに興味があった彼は、19歳になる1994年に収穫の仕事の傍ら大学に進学すると、学内のワインテイスティングクラブへと入会し、さらにワインへの造詣を深めることになります。「ワインテイスティングクラブでは多くのことが学べ、ワインへの好奇心が刺激されて本当に楽しかった。」と、いつの間にか彼自身が深くワインの世界の虜になっていました。
もちろん、父親との収穫体験から何も学べなかったというわけではありません。「当時はワインについて知識がなかったので、多くを学ばなければいけなかったのが大変でした。今思えば、自分の親以外からもワインについて教えてもらえば良かったのではないかと思います。」と彼は話します。最初は父と二人で収穫を行っていたのですが、後に米国、ニュージーランド、フランス、イタリア、ドイツ、南アフリカなど世界中から労働者を受け入れました。このような国際色豊かな環境では、多様な人間関係から生まれる相乗効果を大切にしたいと彼は話します。「疑問点を投げ合ったり、仲間と助け合ったりすることで新たな発見が生まれる。仲間と共に考えや意見の交換ができることが、働くなかでとても面白いです。」
1994年は雨が多く、ワイン作りが大変な年でした。しかし、労働環境の変化や悪天候にもかかわらず「まるでジュースがワインに変化していくように、ゼロから様々な物事の変化をこの目で見ることができたのは非常に面白く、良い経験だった。」と彼は話します。
有機ワイン造りへの移行
父を継いだ後、ジェレミーは有機ワイン造りという大きな変化にチャレンジすることになります。彼の父は、いつも土地に優しいワイン作りを模索していたものの、当時はオーガニックという発想が無く悩んでいました。「1960年代、除草剤は浸食を防ぐとされていましたが、2001年頃からバイオオーガニック(有機栽培)への移行が各所でなされるようになりました。「私たちのブドウ園も、オーガニック栽培へ移行したことでワインの品質が確実に向上しました。エシェゾーはもちろん、シャルム・シャンベルタンの品質も非常に向上しました。」
人的介入を最小限に
このドメーヌでは、人的介入を最小限に抑えるという哲学のもと、自然を尊重することが重視されています。「細心の注意をもって観察しながら適切な時期を見極めていきます。一度時期が合えばあとは簡単。しかし、タイミングの見極めを間違えると、適切な時期へ軌道修正するのに相当な労力がかかってしまいます。我々は、なるべく人的介入を削ぎ落としてこうと思ってます。人がしなくて良いことはなるべく自然に任せる。もちろん、人的介入には様々な種類があるとは思いますが、我々は最初のプロセスから終わりまで丁寧に見極めながらおいしいワインを造っていきます。とはいうものの、私が知る優れた農家やブドウ栽培者は、これとは反対に実利的に栽培しているのが現実です。」
彼は続けて、近年のワイン造りに多く見られる独特の哲学的な考えについて「ワイン造りについて様々な主義主張をする人がいますが、何より大切なのは良いワインを造るということ。ワイン造りについての哲学にこだわればボトルはもちろん、ブドウや土地にもそのこだわりや特徴が現れるでしょう。同様に、近年ではフルーツの成熟度を可能な限り高めてアルコール度数の高いワインを開発するメーカーもいます。改めて、私はこのような考えはワイン造りの楽しみを台無しするのではと懸念します。自分自身は、産業用のワイン造りよりも、自然により近いワイン造りを大切にしたいと思っているのが本音です。
近年の収穫
気候の変化により、ブドウが熟しすぎると収穫が早くなりがちだ、とジェレミーは話します。昨年は、これまでで一番早い収穫であった2003年より一週間早い8月19日に収穫されました。「これまで我々は、ブドウがしっかりと熟すのを待って9月に収穫していました。雨が降りやすい9月まで収穫を待つというということは、ボトリチス という菌にも気を付けなければいけません。」現在はどうでしょうか?「今は、夏の間は干ばつと熱波対策が必須です。ここ5年間、ボトリチスによる被害はありませんでした。これまでブルゴーニュでボトリチスの被害が5年連続出なかったのは、聞いたことがありません。また、灌漑施設を設置できない地域なので、水の十分な供給も常に心配の種です。」
2020年の収穫は特にドメーヌを悩ませました。ブドウが早く熟しすぎたのです。他のドメーヌでも同じ時期に収穫をしているのはまだ3、4件ほどでした。「何がいけなかったのか。何か間違っていたのか。さんざん悩みました。」2020年のワインについては、「いくらか力強く優れたワインが出来ました。少しフラットな出来のものもいくつかありますが、まだこれからどう化けるかが楽しみです。全体的にいい収穫だったと言えますが、まだ判断するには早い。これからですね。ワインは忍耐ですから。」と話します。
気候変動の影響
気候変動はドメーヌに影響を与えるだけにとどまらない、とジェレミーは話します。「気候変動が世界中に影響を及ぼしていていることを、ブドウの成長具合の変化からも感じることができます。また、収穫の時期が年々早くなっています。植物の芽が生え、花が咲くのも早くなっているのを実感しています。」この地域の他のドメーヌも、この気候変動を問題視しています。一般的に、収穫の時期が早まることでブドウの糖度が上がりより熟した味わいになるのですが、その分アルコール度数が上昇します。「ほとんどのブドウ栽培農家は、気候変動に気づいています。もし気づいていないのなら、よほど現実離れした人たちでしょう。それほど、この問題は深刻なのです。」
世界に通じる品質
ワインのボトルが世界中どこへ出荷されても品質が損なわれないよう配慮しています。海外に輸出されるワインは、移動し時間が経つことで当初の品質から変化してしまうことがあります。時には、さらに外国へと輸送されることもあります(そこから消費者へ商品が渡るまで、さらに品質は変化していくでしょう。)。「どれだけ良いワインがボトル詰めされたとしても、5度の輸送を経て消費者が残念と思ってしまうならワインを造る意味がありません。」
ドメーヌ・デュジャックでは、出荷における温度管理を徹底し、顧客満足度の確保に努めています。ジェレミーは、ワインの品質を確保するのは各ドメーヌの責任であると断言しています。もちろん、ドメーヌから出荷されてしまった後のワインを徹底的に管理することは不可能です。実際、ドメーヌは過去数か月で2度の貨物分のワインを破棄しなければなりませんでした。1度は新型コロナウィルスの封鎖の真っ只中で温かい船に数週間放置されてしまったとき、もう1度は温度制御に問題が発生したときでした。「どちらも輸入業者にワインを破棄するようお願いしました。金銭的にはとてもつらいことですが、品質が落ちてしまったワインをこのまま高い金額でクライアントに提供することで、後に新たなコストの発生へと繋がってしまうので仕方がないことです。」
ジェレミーは、オーガニックワインの製造プロセスを芸術と工芸に例えて説明します。「オーガニックワインは、芸術と工芸の融合です。我々は、最終的にはお客様が消費する商品を造っています。ただ、より上質なワインを追求すればするほど、その作業はより技術的で卓説的な感性が必要となります。」ブドウの状態や、すばらしいこの土地の微細な風合いまでも表現するドメーヌ・デュジャックこそ、誰も真似できない匠の芸術であり、それ自体が哲学でもあるのです。
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