シネ・クア・ノンは、その独特な美しさはもちろん、ローヌスタイルのワイン(フランス南部のローヌ川流域で生産されるワイン)の原点として有名なワインです。1994年にマンフレッド・クランクルと妻エレンによりワイナリーが設立された時には、オリジナルラベルと限定商品がワイン愛好家の間でカルト的な人気を博しました。大きな計画もそこまで無かったという2人にとって、このワインの人気の高ぶりは想定外でした。「ワイン造りは趣味として始めたんだが、これが実際に成功して数十年も続くとは当初は思いもしなかったよ。私がワイン造りを始めたいと言ったとき、妻であるエレンが側にいて応援してくれると言ってくれたその心意気には感謝しきれません。」とマンフレッドは話します。我々のワイナリーはまだまだ発展途上ですが、今もなお、しっかり稼働しています。
思いもよらぬ気付き
マンフレッドとエレンは、常に高級ワインに囲まれていたわけではありませんが、若い頃から良いワインに目がありませんでした。マンフレッドのワインへの愛は少し特殊なことがきっかけでした。「私が育ったオーストラリアの国民の大多数はローマ・カトリックです。私は教会のミサの侍者をしていたのですが、この仕事が嫌いでした。例えばミサのとき、教会の裏で小さいポットにワインを注いて祭司に渡していたのですが、いつもこっそりとそのワインを飲んでしまっていたので、何だか自分が罰則を受けるのではという気がして不快な気分でした。でも、驚くことに司祭たちはこのミサのワインよりもかなり良いワインを飲んでいたのです。やがて、私もワインを少し分けてもらうようになり、日曜日の仕事はいつもワインの試飲会のようで楽しかったです。」
初期の影響とメンター
ワインに心惹かれたマンフレッドは、イタリアやフランスへワイナリー巡りの旅をするようになりました。旅を続けるなかで、彼は自分の好みを追求しました。「私はイタリアンワインが好みです。ブルーノ・ジャコーザやガヤ、エリオ・アルターレ、スカヴィーノ、サンドローネやクレリコも好きです・・・ローヌワインも旅の中で好きになりました。ラヤスやボノー、1989年のキュヴェ・セレスタン、1989年と1990年のシャトー・ラヤスは、大人の私には特に衝撃的でした。」
マンフレッドはこの感動を引きずりながらアメリカへと足を運び、カリフォルニア州ベンチュラ群にてワイナリーを設立しました。「マーカッサンの作り手へレン・ターリーやデビッド・アブリュの存在をアメリカで知ったことでアメリカでも素晴らしいワインを造ることができるんだと希望を持ちました。」カリフォルニア州での人間関係について彼は「ヘイヴンセラーのマイケル・ヘイヴンやアルヴァンヴィンヤードのジョン・アルバン、オーハイヴィンヤードのアダム・トルマックなど多くの知り合いが居ました。ジョン・アルバンとは友人としても仲が良く、一緒にヨーロッパへ旅行したりヴィンヤードを経営する祭にブドウを分けてくれたりしました。」と話します。
独自の美意識
ワイナリー設立当初、シネ・クア・ノンのブランドで重視した点はラベルの絵でした。木製のラベルには、当時人生で起こった様々なイベントで感化されたデザインを施しました。「もちろん、ラベルよりも長く連れ添い親しんだワインそのものが一番大切です。ただ、ワインを追求してきたこれまでの人生、世の中では様々なことが起こり、自身の周りでも様々なことが起こりました。これらの経験をもとにしたラベルアートにも挑戦したかったんです。」
2005年は、彼個人だけでなくヴィンヤードやワイナリーにとってもチャレンジングな年でした。2005年のグルナッシュのラベルは「THE NAKED TRUTH(赤裸々な真実)」。妻のエレーヌを表現したもので、様々な挑戦への想いを込めたと言います。マンフレッドは、ラベルを見るだけで当時のことを思い出すそうです。「2005年のワインは私のお気に入りです。この時から現在まで、相変わらずエレーヌはチャーミングで活発です。ワインはラベルも観察することでより美味しく感じられるような気がするんです。」そして、ロマンティックな面持ちで話を続けました。「ワインの名前やラベルのデザインは、エレンへのラブレターのようなものです。そんなワインボトルは、私とエレンにしか分からない秘密のやりとりが込められていて、ある意味惚れ薬でもあります。」
グルナッシュとシラー -舞台の目玉-
マンフレッドは、ピノノワールからゲヴュルツトラミネールまで、様々な種類のブドウを使いワインを造ります。しかし、赤ワインのほとんどはグルナッシュとシラーが使われてます。何かこだわりがあるのでしょうか?「良いワインは種類問わず様々なブドウから出来ています。その中でも、有名なワインの多くはカベルネソーヴィニヨンやメルローから出来ています。」と、そこまでブドウの品種に特別な強いこだわりがないと話します。また「タキシードやパテントレザーの靴を纏って飲む様子を思い浮かべるのが高級ワインだとすると、ローヌワインはカジュアルに飲めるのに艶味とたまらない魅惑が特徴です。私は若かりし頃からこのワインの官能的な魅力に取り憑かれていました。何といえば良いのでしょう・・・私は熟成したワインが好きなんです。ローヌワインは、そういう意味で大味で風味があるのに不快な状態に変化せず、しかも愛に溢れている(これが一番大事!)ところが私の好きなところです。」
グラチアーノでの試み
そんなこだわりが特徴のシネ・クア・ノンは、使用するブドウ品種でも有名です。マンフレッドは近年、認知度の低いスペインと南フランスのブドウ「グラチアーノ」をワイン造りに使用しています。「スペインにいるワインメーカーの友人がグラチアーノについて教えてくれました。純粋なグラチアーノは地元スペインでもレアだそうですが、我々は素晴らしい味のグラチアーノを見つけ出すことができました。また、我々の栽培手法はそのブドウにとって最適でした。グラチアーノは熟したほうが美味しく、強い酸味もあります。」そして、彼はローヌワインについて話題を引き戻して話しました。
「誰が間違って作ってしまったのか(神様かも!)分かりませんが、ローヌワインこそ素晴らしいブドウです。これを使わない手はありませんでした。」
長く樽を熟成する利点
シネ・クア・ノンのもう一つの大きな特徴は、樽を長い期間熟成させて造られていることです。マンフレッドは、フランスのシャトーヌフでグルナッシュ種を長時間樽に入れてワインを醸造する手法をアンリ・ボノーから影響を受けたと話します。「一般的にはグルナッシュは、多くの酸素を取り込めないと言われ早いうちにボトル詰めされてしまうので、この手法は目から鱗でした。私も実際、グルナッシュとシラーで実験してみました。」もちろん、ブドウを長期間熟成させるのは容易ではありません。「香りや味の調和、良い酸味、そしてほどよくたっぷり熟れたタンニンと栄養価の良いバランスがワインには必要です。そのバランスが調和したときに限り、ワインはより上手く熟成していくのです。熟成の進行は、ボトルの中ではゆっくりと進むかそのままで維持されます。こういったことは直感で分かるものではない奇跡のように聞こえますが、セラーや樽を適温で、かつ初期段階から丁寧に管理していけば不可能ではありません。」
注目のコラボ
近年、シネ・クア・ノンはオーストリアの巨匠アロイス・クラッハーやクロ・サン・ジャンで有名な南ローヌバレーのモーレル兄弟など、多くのワインメーカーと協業しています。そんなコラボが生まれた経緯やその時の経験についても聞いてみました。「私はアメリカに行くまで彼に会ったことがありませんでした。アロイス・クラッハーは私が今まで会った人の中でいろんな面で素晴らしい人です。ワインの造り手として、友人として、夫として、そして人間としてすべてにおいて尊敬しています。彼は私と一緒にデザートワインを開発したいと連絡してきたので、喜んですぐさま作業にとりかかり、Mr.Kというブランドを立ち上げました。弁護士や契約書なども無く、握手だけで事が進んでいきました。また、貴腐ワイン、アイスワイン、ヴァン・ド・パイユ(藁ワイン)なども一緒に造りました。
このコラボの成功は、クロ・サン・ジャンを造るモーレル兄弟やフランスの天才醸造家フィリップ・カンビとの新たなコラボ商品開発にも繋がりました。「とある日、彼らからちょっとしたジョイントプロジェクトをやってみないかと電話で誘われました。フィリップ・カンビの造るシャトー・ヌフ・デュ・パプ(ローヌ地方南部のワインでも最も歴史がある)が大好きだった私は二つ返事で承諾しました。彼らとの作業も契約書など関係なく、友人としての信頼とワインへの愛、そして創造力のみでただひたすら駆け抜けた結果、2010年からシメールオンリーマグナムと言うムールヴェードルワインを造っています。
期待の2020年ワイン
「ワインメーカーにとって一年は毎年異なり、同じ年が再びやって来ることはありません。それ故、毎年試行錯誤をして新しいチャレンジに取り組むのです。」とりわけ2020年においては、カリフォルニア州は森林火災に悩まされた大変な年でした。
ただ、喜ばしいことにシネ・クア・ノンの出来は大満足でした。「収穫後はとても暑かったのですが、それまでは穏やかな気候に恵まれました。実際に私たちがびっくりするくらい良いワインが出来ています。」シネ・クア・ノンがこれだけ評価され続けているのは、ひとえにマンフレッドの優れた味覚と観察力、そして統率力によるのでしょう。
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