Interview date: May 2021 @ Gen de Art
ローザンヌにあるオリンピック・ミュージアムでは、これまでのオリンピックの偉大な瞬間が体験でき、オリンピックをより身近に感じることができる場所となっています。1993年6月23日に設立され、オリンピックパークという美しい敷地に囲まれていることから建築物としても傑作と称されています。オリンピック・ミュージアムには、古代から今日までのオリンピックに関する1万点以上の素晴らしい芸術品が展示されていることから、スポーツの歴史を記録した世界最大の保管庫とも呼ばれています。なかでも見どころは、聖火や、開会式の歴史の中で重要な瞬間を記録したビデオの展示です。
ミュージアムは単にコレクションを保管しているだけではなく「オリンピズム」というオリンピックの精神を体現しています。オリンピック・ミュージアムでは、3つのフロアにわたる常設展示と特別展に加えて、多様な教育プログラムとイベントプログラムを体験することができます。オリンピックと同じように、ミュージアムではあらゆる年齢層、職業の人たちが、伝説的なイベントの歴史とその影響について体験し、学ぶことができるのです。
オリンピックはスポーツだけで語ることはできません。オリンピック・ミュージアムは、オリンピックがもたらした社会、文化、スポーツ、そして歴史への本質的な貢献を知ってもらうことを理念としています。オリンピックは、私たちをひとつのグローバルな国家としてまとめ上げ、その輪を大会の枠を超えて広げているのです。
アンジェリータ・テオ氏は、オリンピック文化遺産財団(OFCH)のディレクターを務め、オリンピック・ミュージアム、オリンピック研究センター、国際文化事業部、ヘリテージ・ユニットの運営を指揮しています。こちらでは、オリンピックの文化的・社会的な重要性について語っていただきました。
古代オリンピックにおいて、文化、芸術、スポーツの融合は、神々をまつるために誕生しましたが、現代のオリンピック・ムーブメントにおけるそれら3要素の関係はどのようなものなのでしょうか?また、現代のオリンピズムにおける芸術と文化の目的は何でしょうか?
芸術、文化、スポーツの関係が長い間維持されているのには理由があります。古代ギリシャでは、芸術とスポーツは人間の健康の鍵であると考えられており、肉体と精神の両方を鍛えることで調和を図れると考えられていました。
ピエール・ド・クーベルタン氏が近代オリンピックを創設したとき、彼は「選手、芸術家、観客の間」の強力な関係を提唱しました。 クーベルタン氏は、芸術や文学とスポーツを融合させ、オリンピックの素晴らしさを追求するというビジョンを持っていました。1912~1948年までの7回のオリンピックでは、絵画、彫刻、文学、音楽、建築などのオリンピック競技が行われています。
その後、美術に関する競技は廃止されましたが、国際オリンピック委員会は各組織委員会に対し、スポーツ競技を補完するための芸術文化プログラムを作るよう促しています。そのプログラムは、1956年のメルボルン大会での美術展から始まりました。それ以降、地域や国、国際的な文化を紹介し、異文化間の対話を促進することでオリンピックの価値を称える文化プログラムは、オリンピックという祭典の重要な部分を占めることとなりました。
また、IOCの「オリンピック・アジェンダ2020」では、「オリンピックにおけるスポーツと文化の融合」が推奨されており、これを受けて、大会期間中のアーティスト・イン・レジデンスが始まり。2016年のリオ大会では、初めて現代美術家のJR氏、作家のティルマン・シュペングラー氏、デジタルアーティストのジェラルド・アンダル氏がIOCの依頼を受け大会期間中に作品を制作しました。これに続いて、アルゼンチンのコンセプチュアル・アーティスト、レアンドロ・エルリッヒ氏が、ブエノスアイレスで開催されたユースオリンピック2018を象徴する大規模な展示を制作しました。
オリンピックは開催国やグローバル社会全体に、強い文化的影響を与えています。オリンピックは、世界を比類のない方法で一つにまとめあげる、多様な文化の宝庫です。これにより、オリンピックの基本的な原則に対する新しい視点を観客に与え続け、長い目で見た遺産の発展を可能にするのです。
オリンピック憲章では、オリンピックはスポーツ、文化、教育の融合であると定義されています。このように、オリンピズムは単なるスポーツではなく、人生の哲学であり、スポーツと芸術・文化・教育の融合は、この哲学に不可欠な要素なのです。
オリンピック・ミュージアムの現代的な建築やデザインは、どのようにオリンピック・ムーブメントと関連しているのですか?また、オリンピック・ミュージアムはオリンピズムに関するどのようなメッセージを伝えているのですか?
オリンピック・ミュージアムの建築は、コンセプト的に建築的にも、古代ギリシャにインスピレーションを受けています。メインエントランス前の円柱はギリシャの神殿に敬意を表したもので、ファサードの大理石はサノス島から直接調達したものです。その結果、来場者は古代オリンピアにおける競技の起源を思い起こすことができるのです。建物の前で燃える火、5つのオリンピックリング、ピエール・ド・クーベルタンの銅像などオリンピック・ミュージアムにはオリンピック・ムーブメントの起源が反映されています。豊かな緑と印象的な植生がある公園には地中海由来の植物が多く使われ、徹底した管理が行われています。
また、オリンピック・ミュージアムは、現代建築の傑作でもあります。 中央の屋根は、ヴェネチア・ビエンナーレ氏(1958-1962年)のスヴェレ・フェーンの北欧館にヒントを得ており、日除けを形成する超高性能繊維補強コンクリート(UHPC)スラットと、光を通すスリットを挟んだ金属梁で構成されています。2012~2013年にかけて博物館が修復された際、スイスでこのような比率のUHPC構造が建設されたのは初めてのことでした。
このような建築とデザインは、オリンピック・ミュージアムの使命である「未来を築くために過去を語る」ことを総合的に表しています。その素晴らしさを理解するには実際に訪れてみることが一番です。
オリンピック・ミュージアムの庭園には、有名な彫刻が数多くありますが、なかでもオリンピズムの概念を最もよく表しているのはどの作品ですか?また、その理由を教えて下さい。
オリンピック・ミュージアムには、スポーツやアスリートを直接的に表現したものと、オリンピズムにとって重要な価値観に関連したものという、2つのタイプの彫刻があります。
スペインのバスク地方の彫刻家エドゥアルド・チリダ氏の作品「ロトゥーラ」は特別なものです。この作品は、直接的にスポーツを意味するのではなく、環境に言及しています。鉄を鍛えて素材が自然に伸縮するようにしており「ロトゥーラ」という言葉は団結を意味します。この作品は、オリンピズムが環境維持にも取り組み、より良い世界のために変化をもたらしていることを思い出させてくれるのです。
しかし、ミュージアムや敷地内にある芸術作品それぞれが象徴的な価値を持ち、オリンピズムのさまざまな側面を表しているので、どの彫刻がオリンピズムを最もよく表しているとは言い切れません。
ミュージアムのエントランスにあるニキ・ド・サンファル氏の彫刻は、その型破りな表現方法と色彩で他の作品を圧倒しています。オリンピック・ミュージアムのエントランスに、この作品を設置した理由を教えて下さい。
この作品の依頼を受けたとき、サンファル氏をミュージアムに招いて展示に関する打ち合わせをしました。初めはエントランスには設置せず、TOMカフェ近くのテラス、ミュージアムの北口に近い上階の一角に設置しました。
しかし、2013年に行われたミュージアムの改装の際に、より目立つ位置に設置するべきだと判断されたため、現在のエントランス前に移されました。その生き生きとした色彩とダイナミックな存在感によって、ミュージアムを訪れる人々を魅了し続けています。ミュージアムにとっては、サッカーというチームスポーツを表現する機会であると同時に、2人の人物が異なる民族を表現しているという多様性を表現する機会でもありました。このカラフルなポリエステル樹脂製の作品は、オリンピック・ミュージアムの敷地内で最もユニークな芸術作品の一つであることは間違いありません。
オリンピック・コミュニティがパンデミックにより受ける最も大きな影響とは何でしょうか?また、パンデミックという状況を乗り越えるために、オリンピズムに関してどのようなメッセージを読者に伝えたいですか?
パンデミックにより世界全体が影響を受けていますが、オリンピック界も例外ではありません。国際オリンピック委員会(IOC)が昨年5月に実施した調査ではCOVID-19のパンデミックという未曾有の事態において、アスリートが直面する最大の課題は、メンタルヘルスとキャリアの管理であることが明らかになりました。
IOCのトーマス・バッハ会長は、世界保健機関(WHO)のセミナーに出席した際、COVID-19の復興プログラムにスポーツと身体活動を取り入れるよう世界各国の政府に改めて呼びかけました。私は、より健康な社会の構築に向けて全世界が協力をしていかなければならないと付け加えています。オリンピック・ムーブメントは、皆で力を合わせて強くなり、団結することでパンデミックを乗り越えるという考え方なのです。
オリンピック財団のディレクターであるアンジェリータ・テオ氏は、美術館の運営に豊富な経験を有し、ギャラリーの改修に携わり、革新的なデジタル体験を数多く生み出してきました。オリンピック財団の責任者となる前は、シンガポールの国家遺産局でシニアディレクターを務めていました。それ以前は、シンガポール国立博物館の館長を7年間務めています。テオ氏は、シンガポールの3大フェスティバルであるシンガポール・ヘリテージ・フェスティバル、シンガポール・ナイト・フェスティバル、チルドレンズ・シーズンの責任者も兼任しています。オリンピック文化遺産財団では、遺産、歴史、芸術、文化、教育をオリンピック・ムーブメントの中心に据えつつ、さらなるデジタル化と革新に向けた財団の動きをリードする中心人物として活躍しています。
Photos/ OFCH
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