フランス料理のシェフ、小林圭さんは長野県出身。両親が料理人という環境で育ち、15歳でフレンチの道へ進みます。日本での修業を経て、21歳で本場・フランスへと渡りました。フランス料理の巨匠とされるアラン・デュカスさんに師事し、2011年にはオーナーとしてパリで『Restaurant KEI』をオープン。2020年のフランス版ミシュランガイドで、アジア人初の三ツ星を獲得する偉業を達成しました。
幼少期から身近だった「料理」
1977年、長野県にある料理店の次男として生まれた小林さん。幼少期から、厨房や料理人という存在が間近にありました。食事もおやつも全てが手作りだったため、子どものころは友達が食べているスナック菓子やカップラーメンを羨ましいと思っていたそうです。
小林さんにとって料理人はあまりに身近で、親しみはあっても憧れとは程遠いものでした。しかし、それは15歳で覆ることになります。テレビに出ていたフランス料理のシェフ、アラン・シャペルさんの姿に一目惚れしたのです。
黒いズボンに真っ白な上着とエプロンをつけた“料理人”になるため、小林さんはフランスで修業をしたシェフがいる地元ホテルの門を叩きました。
料理の前に学んだ「成功のメソッド」
現在パリで店を構える小林さんは、自身のことを「日本の代表のひとり」と表現しています。「日本人としてフランスに居させてもらって、フランス料理をやらせてもらっている。」
こうした謙虚な姿勢は、小林さんが料理人としての道を歩みはじめた15歳から19歳のあいだに教わったそうです。この期間は料理のいろはよりも、社会人としての在り方を指南されることが多かったといいます。
人に媚びを売るのではなく、リスペクトすること。そして、相手をよく見て「何をしたいのか・どうしてほしいのか」を探ること。この教えこそ“よそ者”の日本人がフランス料理の世界で生き抜き、認められる術でした。小林さんがアラン・デュカスさんの指揮する三ツ星レストランで副料理長に抜擢されたことは、その証と言えるでしょう。
地元での修業を経て、東京・フランスでも研鑽を重ねた小林さん。多くの人と出会い、教えに沿ってコミュニケーションを取ってきたからこそ「人が何を求めているかを察する力は、誰にも負けません」と語ります。ミシュランの三つ星を獲得した今も冷静にアンテナを張り巡らせ、ほかの料理人やお客さんと真摯に向き合っています。
レストランは「劇場」コロナ禍で見つけた独自の視点
料理人である前に社会人として周囲との関わり方を学んだ小林さんは、ご自身のレストランを“劇場”と表現します。それは、周りの人の気持ちやニーズを敏感に読み取る力をつけた小林さんならではの見方でした。
『Restaurant KEI』に訪れたからこそ出会える人や食材、空間。ただ料理を味わうだけでなく、さまざまな出会いを表現し体感してもらうことこそが“自分たちの料理”だと小林さんは語ります。ゲストに五感すべてを働かせて“劇場”に集中してもらうため、店内の改装にも着手しました。
内装のリニューアル計画が持ち上がったのは、2019年。国立競技場をはじめとする建築物を手掛ける、田根剛さんとタッグを組みました。計画の実行途中である2020年に三ツ星を獲得したものの、小林さんはさらに高みを目指して田根さんと共に空間演出を考え続けたそうです。
そんななか、コロナウイルスが猛威を振るいます。パリでは都市封鎖という措置が取られ、三ツ星を取ったばかりのレストランも営業は不可能。しかし、小林さんは厨房に立てない時間を前向きにとらえていました。改装を進める傍ら、体を休め、今後のことについて考える機会にしたのです。
小林さんはアジア人ではじめて三ツ星を獲得したときのことを「嬉しかったのは5分くらいでした」と振り返ります。『日本の美学とフランスの味を融合させた』と絶賛されたものの、小林さん自身はまだ満足していない様子。
そこで、コロナ禍のあいだに「何が足りないのか」「どんな発信ができるのか」を考えたそうです。本を読んで知識を蓄えたり、店のスタッフと話をしてたどり着いた結論が“出会い”。料理や空間、人を通してお客さんのいい時間・いい出会いの演出に焦点を定め、再オープンへの準備を進めました。
出会いを重ね さらにユニークな“劇場”を
素材や料理の味を超えて、レストランに居る時間そのものの創作と演出を目指す小林さん。そのまなざしは、常に先を見据えていました。
「作っているときは、いつでもアップデートなので。それが続いていかないと“進化”はできないと思っています。」
テクノロジーが日進月歩であるように、料理も常に新しくなっています。そんな中で小林さんも、独自の表現を考え続けているそうです。ミシュランで三ツ星という偉業を成し遂げても満足せず「やっとスタートラインに立てた」と、向上心を絶やしません。
ストイックに引き出しを増やし続ける小林さんの“劇場”は、まだ始まったばかり。ユニークな演出に、これからも世界が驚き魅了され続けることでしょう。
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