日本の現代美術界に大きな足跡を残したアーティスト・田名網敬一が、2024年8月9日に逝去しました。享年88歳。1960年代からグラフィックデザイン、アートディレクション、映画製作など幅広いジャンルを横断し、独自の視覚表現で国際的な評価を得てきた田名網氏の死は、美術界に大きな衝撃を与えています。その最期となった今夏、国立新美術館で開催中の「田名網敬一 記憶の冒険」は、日本を代表するアーティスト、田名網敬一の60年以上におよぶ創作活動を網羅的に紹介する初の大規模回顧展です。田名網氏の作品は、その鮮やかな色彩と独特な視覚表現で広く知られており、戦争の記憶とアメリカ大衆文化の影響が色濃く反映されています。これらの作品の根底にあるのが、「記憶」というテーマです。
「パラヴェンティ:田名網敬一」プラダ青山店、東京、2023年 ©Keiichi Tanaami / Courtesy of NANZUKA
本展では、シルクスクリーンによるポスター作品から、コラージュ、アニメーション、絵画、そして近年の立体作品まで、幅広いジャンルの作品が一堂に会します。また、70年代から田名網氏が記録してきた夢日記やドローイング、今回の展覧会のために制作された新作インスタレーションも展示されており、彼の尽きることのない創造力に迫る内容となっています。『Gen de Art』では、この展覧会に際し、88歳まで旺盛な創作活動を続けた田名網氏にインタビューを行いました。
──今回の「記憶の冒険」では、夢日記やインスタレーションなど新作を含む様々な形式の作品を展示されていますね。これらの多様な表現方法が、記憶というテーマの探求にどのように活かされているのでしょうか?
田名網氏:私の作品はすべて記憶や夢に基づいています。多くの人は自分の記憶を正確だと思っているかもしれませんが、実際にはそうではないかもしれない。記憶は、自分の脳が作り上げた虚構である可能性もあるんです。私はその記憶を作品化することで、自分自身と客観的に向き合っています。記憶は私にとって探求すべき対象であり、それを立体、アニメーション、コラージュ、インスタレーションといったさまざまな形式で表現しています。
──田名網さんといえば、鮮やかでダイナミックな視覚表現が特徴的ですが、アメリカのポップカルチャーや武蔵野美術大学での経験は、ご自身の芸術スタイルにどのような影響を与えたと感じていらっしゃいますか?
田名網氏:大学で学んだことは特にありませんが、アンディ・ウォーホルがデザインや広告の手法を応用してアートを作る姿勢には大きな刺激を受けました。1960年代半ば、私もデザインとアートを区別せずに取り組もうと決めたんです。今振り返ってみても、自分の選択は正しかったと思います。
田名網敬一《死と再生のドラマ》2019年、顔料インク、アクリル・シルクスクリーン、ガラスの粉末、ラメ、アクリル絵具/カンヴァス、200 × 400 ㎝(4枚組)©Keiichi Tanaami / Courtesy of NANZUKA
田名網敬一《Gold Fish》1975年、アクリル絵具/イラストレーションボード、36.4 x 51.5 cm ©Keiichi Tanaami / Courtesy of NANZUKA
──創作の過程で、夢や幻覚はどのような役割を果たしているのでしょうか?特に今回の新作についてお聞かせください。
田名網氏:今回、新しく制作した橋のインスタレーションがあります。これは葛飾北斎の《諸国名橋一覧》(1823年)にインスピレーションを受けたものです。北斎は実在しない風景を描きましたが、私のインスタレーションも橋にまつわる様々な物語に着目することで、異なる意味を持つ作品となっています。日本では、赤い太鼓橋はしばしば妖怪話の舞台になりますが、この橋には、現世とあの世を繋ぐ象徴的な意味も含まれています。
──グラフィックデザイン、アートディレクション、映画製作といった幅広い分野での経験は、田名網さんの視覚芸術にどのような影響を与えていますか?
田名網氏:基本的にはすべて同じです。閃いたイメージを異なるメディアに適用しているだけで、互いの領域を横断したり、補完し合ったりしています。創作を続ける中で、常に新しい発見があります。
──記憶とその再構築は、田名網さんの作品の中心的なテーマです。今回の展覧会でこのテーマを象徴する作品とその意味についてお話しください。
田名網氏:最近の作品は、コラージュでもペインティングでもアニメーションでも、すべて自分の記憶を基にして作っています。昨年、プラダ財団で展示したピカソのゲルニカをベースにしたペインティングや、アニメーション作品「赤い陰影」は、特に私の記憶との関係が深い作品かもしれません。
《記憶の修築》展示風景:「田名網敬一 記憶の修築」NANZUKA、東京、2020年
©Keiichi Tanaami / Courtesy of NANZUKA
「田名網敬一 記憶の冒険」は、田名網敬一氏の豊かな創造の世界を体験する貴重な機会です。戦後日本の文化史と密接に結びついた作品群や、記憶をテーマにした近作、多様なコラボレーション作品が展示されています。田名網氏の作品は、個人の記憶と集合的な記憶、現実と空想、東洋と西洋の境界を超えた独自の視覚宇宙を構築しています。本展は、鑑賞者を田名網氏の記憶の迷宮へと誘い、私たち自身の記憶や想像力と向き合う機会を提供します。それはまさに、「記憶の冒険」と呼ぶにふさわしい体験です。
田名網敬一 記憶の冒険
会期:2024年8月7日~11月11日
会場:国立新美術館
(東京都港区六本木7-22-2)
開館時間:10:00~18:00(金・土 〜20:00) ※入場は閉館の30分前まで
休館日:火曜日
料金:一般 2000円 / 大学生 1400円 / 高校生 1000円 / 中学生以下無料
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