ペロタン東京はこのたび、同ギャラリー初となるジャン=フィリップ・デロームの個展を開催し 、パリのアト リエで古典的なポーズをとったモデルたちを描いた一連の新作肖像画を発表します。デロームの絵画プラクテ ィスは 、写真を介することなく被写体を直に観察するもので 、現代の多くの「 フィギュラティヴ 」な絵画と は一線を画したリプレゼンテーショナルな絵画といえるでしょう。「リプレゼンテーショナル」とは語源的に 、現実に代わるイメージや像を「目の前にもたらす」ことを意味します。デロームが描く肖像画には 、アトリ エという管理状況下において発生した、特定の時間に定義付けられる被写体の存在が記録されています。デロームは写実性よりもむしろ、画家とモデルとの視線の交換に関心をもっており、写真が発明される以前の肖像画から脈々と流れる伝統を受け継いでいます。また、本展のタイトル「visage(s)」(フランス語 で「 顔 」)は 、デロームの絵画が身体よりも顔に焦点を当てていることを強調するものです。デロームは「 顔は 、傷つ きやすさ 、もろさ 、変化が表れるところです 。風景が光によって変化するように 、顔は日々変化し 、ポー ズをとっている間にも変化するものです 」と話します。これこそが 、デロームが同一モデルの肖像画を繰り返し描き、日々新たな印象を見だすことを好み、探求し続ける理由なのです。
Jean-Philippe Delhomme, Reclining Léa, 2023.
Oil on canvas, wood frame.
Framed: 50 x 59 cm | 19 11/16 x 23 1/4 inch.
Courtesy of the artist and Perrotin.
デロームのアトリエ空間は変幻自在で、シンプルな小道具を用いたり、壁に背景色を付け加えることで 、異な るムードや雰囲気を創出しています。しかし、構図の演出は最低限にとどめ、シンプルな手順で行われます。被写体となるモデルたちは私服を着用し、ポーズに関にする指示はごくわずかです。これはかつてウォーホルが「フィルム・ポートレイト」と位置づけた、無地の背景の前でカメラに向かう著名人たちを撮影した短編映 像作品《 スクリーン・テスト》を想起させる、ある種の中立性を表しています。この点において、デロームの 肖像画は男性画家とモデルという典型的なシチュエーションを排除しており、むしろ視線の交換や、顔と顔を 突き合わせることを示すものです。モデルは往々にしてデロームの目を見ているように描かれており、その距離感や、答えを探ることのない相互の問いかけは、ロラン・バルトが提唱する「 ニュートラル 」な瞬間と関連づけられるでしょう。
今回、ペロタン東京で発表される作品群において、デロームは黒に近い濃単色の背景を好んで使用しています。これらの暗い背景色には、他の肖像画に見られる明るい色彩や、全面に押し出されるような背景とは異な る、独自の被写界深度があるでしょう。デロームは 17世紀オランダにみられる暗色の背景にモデルを配した肖像画を尊重するとともに、この特定の雰囲気を東京展に向けて採用しました。また同時に、デローム は自身が1990年代初頭に初来日した際に持ち歩いていた、谷崎潤一郎による重要なエッセイ『 陰翳礼讃』を思い起こし ました 。同エッセイは西洋と日本それぞれがもつ光との関係性における美学の本質を対比しており、谷崎は日 本における美の概念について「 陰翳を基調とし、闇と云うものと切っても切 れない関係にある」と述べています。本展開催に併せて出版される、詩と黒色インクのドローイングによる書籍もまた、谷崎が説いた「西洋紙の肌は光線を撥ね返すような趣があるが、奉書や唐紙の肌は 、柔かい初雪の面のように、ふっくらと光線を 中へ吸い取る」という美学に敬意を表したものとなっています。
ペロタン東京での「 visage ( s ) 」と対をなすように 、伊勢丹新宿店( イセタン ザ・スペース)では9月1日から9月15日までの期間、展示スペースや全ショーウィンドウを用いた展覧会「The Studio」を開催します。同展では、より明るい色彩を背景にした肖像画や静物画が展示され、見る者をデロームのアトリエへと誘います。
開催概要
[展覧会名] Jean-Philippe Delhomme『visage(s)』
[会期] 2023年8月31日(木)〜11月5日(日)
[会場] ペロタン東京 東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル1F
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